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山下忍前学長「折々の記」

学長折々の記(その80)

いよいよ正月も目前となってきましたが、12月の13日、そして5日後の18日と、二つの高校の生徒さんが本学を訪れてくれました。

忙しい中の訪問ですみませんといった言葉をいただきますが、高校生の来学というのは、本学としても本当に嬉しくてなりません。

高大連携といった言葉で、高校と大学の連携の必要性が説かれたりしますが、百聞は一見に如かず、まずは大学の実状をわが目で確かめることから、教育内容の理解に至る連携が誕生すると思っています。ともかく来学は有難く、歓迎の念、一杯です。

今回も、二つの高校共に先ずは入試広報部長が大学の現況を説明し、来学者の先輩が話をし、その後、教室等を含めて学内を見学してもらいました。

ところで、本学の場合、高校生に特に見てもらいたい代表的な場所は、一つは図書館、もう一つは礼節の教場「明教庵」です。大学の施設も、一つの例外もなく教育上の大きな目的、意義のもとに用意されていますが、私たちは、私たちの有する図書館に特に大きな誇りを抱いています。建物は読書する上で最適の状況にありますし、蔵書数も十二分です。そうした現況の中で、この図書館を一層快適にして、存在意義の高いものにしようと、関係委員会で目下検討を重ねています。本学図書館は、そう月日を経ずして一層の輝きを見せるはずです。

この図書館同様、よくよく見つめてほしいのが、清武の街を俯瞰する位置に設置している「明教庵」です。この建物は、この地清武を、文教の街とする上で大きな功績を残した安井滄洲、息軒両先哲の意志を汲み取って建立したものです。日常的には、建学の精神「礼節・勤労」の「礼節」を血肉化する教場として活用していますが、本学恒例の公開講座「ニューライフ・アカデミー」を味わい深いものにする上等でも、一役買っています。清武を縁どる山脈が夕陽に染まる時刻、この明教庵の前庭に立つと、息軒先生の説く「三計」への思いが、素直に、かつ強烈に湧いてきます。

いい場所に、幾つものいい建物があって幸せです。今日のこの教育環境を雑に扱ってはならない、そんな思いも強く湧き出てきます。

(平成25.12.18記)
山下 忍

学長折々の記(その79)

昨日は、全学生と全教職員一体となっての「全学一斉清掃」を実施しました。

学内外を美しくすると共に、心のうちも磨いてほしいと学生に願っていましたが、余計な思いでした。学生たちはそれぞれの担当区域をきれいにすると共に、わが身、わが心も、間違いなく磨きあげてくれました。

学外の道路に投げ捨てられたペットボトルやカン類も集めてくれましたから、運び込まれたゴミ袋には、自ずと分別を必要とするものもありました。袋の中味をチェックし、ペットボトルについたままになっているラベル等は丹念にこれをはずし、外部に出しても問題のない状態にしっかりと整理していく。学生たちのそうした姿を見ていると、こうした若者と共に一日一日を過ごし得ているわが身を、つくづくと幸せだと思います。

日々の日本の状況の中には、腹が立ったり、情けなくなったりということが、何かにつけてあります。5000万という大金を手にしながら、「どうして借してくれることになったかよく分からないが、あるいは金が必要となるかもしれないから、一応借りておいた」。そして、時が経ってから、「必要ないと思ったから、手をつけずに返した」。子供だましの借用書をかざしながら、平然とそうしたセリフを口にする。そんな状況を目にし耳にすると、本当にへどを吐きたくなります。

だが、どっこい若者は清純に生きている、です。

日々、若者と一緒に過ごしていると、若者は元気なんだ、若者は純粋なんだ、若者は正直なんだ、としばしば強く感じます。

昨日も、一斉清掃という行事を通して、そんな思いをしきりに抱いたことでした。

(平成25.12.12記)
山下 忍

学長折々の記(その78)

2月逃げ月と言いますが、12月もまた足早に一日一日が過ぎていきます。

7日土曜日は、夕刻から宮崎市清武町の「イルミネーション点灯式」に出かけてきました。

この催しの出発段階から、宮崎学園短期大学の学生諸君が、イルミネーションのデザイン作成、そして、点灯式の準備と関わってくれていて、その頑張りのお陰で、式典時には市長さんと共に学長もお祝いを述べる機会を与えていただいているのです。

ところで、毎年この点灯式が行われるたびに思うのですが、清武町のイルミネーションには、何とも言いようのないぬくもりが宿っています。12月初旬に点灯されるこの明かりは、例えば神戸の、あの広く世間に知れわたったイルミネーションのごときものではありません。規模も小さく、灯る電球の数も比較にならない少なさです。だけど私は、街を彩るイルミネーションの美しさは、結局は「こころ」だなと思っています。

思えば、神戸の街のあのまばゆいばかりの輝きも、神戸を愛する人の、わが街の一層の復興と発展を願う心が生み成したものです。

同様に、清武イルミネーションのあたたかさは、清武の街、特に清武の子供たちの幸せを切望する人々が生み成し、育んでいるものだと、私は強く思っています。

今年もまた、会場にやってきた子供たちの手には、手づくりのキャンドルが美しく輝いていました。本学学生たちが心を込めて造り用意したキャンドルは、この上ないあたたかさを放ってくれています。

昨年も願いましたが、これから年が明けての1月17日(土)まで、私たちの文教の街清武を照らし出すイルミネーションを、どうぞ心ゆるやかにご覧いただけたらと思います。

(平成25.12.8記)
山下 忍

学長折々の記(その77)

霜月最後の日の一昨日は、宮崎市のイオンモール宮崎で、今や本学恒例の「保育フェスティバル」を開催し、師走第1日目の昨日は、宮崎市清武町の文化会館において、本学附属の清武みどり幼稚園の子供たちによる「発表会」が行われました。

イオンホールの会場も親子の来訪者で終日賑わい、清武文化会館のホールも、親子、それにおじいちゃんおばあちゃんも加わってまことに賑やかでした。

この頃は、どんな催しの折も、子供の少なさが話題になりますが、30日、そして1日の賑わいを目にすると、日本はまだまだ大丈夫と元気が出ます。

催しの場に身を置いて何よりも嬉しいのは、「保育フェスティバル」なら、やってきてくれた子供たちの相手をする保育科学生の健闘ぶりです。

子供と一体となって明るく元気に歌を歌い、顔を寄せ合って、物を創造する喜びを子供に与え、溌剌さが何よりと子供たちと手を取り合って行動する。そうした姿を見つめていると、この学生たちは、既に保育園の先生ではないのかと、ついつい親バカ的に思ってしまいます。

それは、発表会での学生たちの姿も同様です。発表の当日も、早目に会場の楽屋裏にやって来て、積極的に幼稚園教諭の手助けをする。出演する園児には、明るく大きな声で頑張ってねと声をかける。

平生の授業に加えて、こうした活動をしっかりと積み重ねていく中で、本学の学生たちは、実践力を身につけた保育士となり、幼稚園教諭となっていくのだと改めて思います。

師走は「為果つ」。睦月正月以降でなおやり残していることを、可能な限り片づけていく月です。学生たちの頑張りをエネルギーとしながら、もうひとふんばり課題片づけの作業を行っていきたいと思います。

(平成25.12.2記)
山下 忍

学長折々の記(その76)

本館玄関前の銀杏の大樹が、すっかり黄葉してきました。

霜月26日の今朝は、朝日を浴びてまさに黄金に輝き、樹上はるかには銀色に染まった飛行機も見られ、余りの見事さにしばらくはカバンを手にしたまま、感嘆しきりで眺めていました。

ところで、銀杏樹がますます黄葉の度を増すこの時期には、自ずと期待するものがあります。

それは、本学の卒業生で、もう随分と年齢を重ねておいでの方々の来学です。

数多くの方々の来学というわけではありませんが、この季節の銀杏の美しさがいよいよ極度に達し、遂に落葉を迎えるまでの期間に、毎年のように、昔々この緑あふれる学び舎で過ごした方が、時にはご主人と連れだってこの銀杏樹のもとにおいでいただけるのです。

わが母校のシンボルたるあの銀杏が、今年もまた美しい輝きを見せている。どれ、出かけて一刻母校のもとで過ごしてみるか。そう思っていただける学校が、この世にそうざらにあるとは思えません。

時間に余裕がある時は、ご一緒して、黄金の銀杏を眺めながら一刻を過ごしますが、そうした幸せに浸り得るのも、本学に勤める者のぜいたくかなと思ったりしています。

(平成25.11.26記)
山下 忍

学長折々の記(その75)

菊の香漂う11月は、何かと文化的行事の数多い期間ですが、本学もまた11月の9日(土)に、宮崎学園高校と共に第44回の定期演奏会を開催しました。

大坪記念ホールにおける演奏会は、第1部が高校の部、第2部が短大の部の構成、14時に開演して16時過ぎまでの演奏という状況でしたが、私は、文化の香り一杯のいい演奏会であったなと思っています。

高校の部の独奏、独唱は、県段階の演奏会で高い評価を得た人たちの出演であり、さすがに聞きごたえがありました。一方、短大の部も、今回はじめて津軽三味線の独奏もあり、これまた味わい深い各種の演奏となりました。

定期演奏会では、例年、高校の合唱団と短大合唱団の演奏があるのですが、この第44回演奏会の最後を飾った、宮崎Pisello Dolceも賛助出演した宮崎学園短期大学合唱団と宮崎学園高等学校女声合唱団の女性合唱は、まことに見事なものでした。歌われた「落葉松」と「きょうの陽に」は、演奏会が終って数日経つ今も心地よい余韻としてなお耳に残っています。

今回の演奏会にも、地域の方々の参加がありましたが、学園高校にせよ、本学にせよ、こうした催しによってご参加いただいた方々の心を潤すことができるのは、これまた幸せの一つかなと思ったりもしています。

(平成25.11.15記)
山下 忍

学長折々の記(その74)

平成25年の10月は、新聞紙面を通して、有難い思いを両の手一杯に頂戴したひと月でした。

22日の紙面からは、二つの心に響く言葉をいただきました。一つは、明治期の日本の文化・教育を大きく導いた西周の言葉、今一つは、哲学者にして文部大臣をも務めた天野貞祐の言葉です。

「学ヲ為スノ道ハ、先ヅ志ヲ立ツルニ在リ。」これは西周の言であり、天野貞祐の言は、「大学は学問を通じての人間形成の場である。」。

二つの言葉を見つめる時、胸中に浮かび出るのは、もとより本学の建学の精神「礼節・勤労」です。西、天野両氏の言葉は、言うまでもなく「建学の志」を述べたものであり、また、当時お若かったお二人が、より若い学生たちに、「学問ノススメ」として全力で贈った言葉です。

「学問を深めんとすれば、その胸中には、まず高い志がなければならない。高潔なる志のもとでこそ、学問は本物の深まりを見せていくのだ。」「大学は、ただ勉強するだけの場ではない。大学は、学問を為すことによって人間を鍛えあげていく場なのだ。」。

これら二つの言葉は、今現に若者と共に大学の教場に身を置く者に、痛切な姿で迫ってきます。厳しく志を立てる若者を育てること、人間形成と直結した姿で学問を行う学生を育てあげること、これらのことをもっと激しく己に求めなければならない。そうした思いを強く搔き立てられた22日でした。

26日の土曜日には、これも新聞紙面から大きな感動をいただきました。

平成25年の文化勲章は、5名の方々に贈られましたが、新聞が報じた受章者の方々の言動が、これまた胸に迫ってきました。

私は、受章者のお一人の俳優高倉健さんに一種の敬意を抱いています。この頃では、映画館に出かけることはめったにないのですが、昨年上映されたご当人主演の「あなたへ」は、映画館でゆったりと鑑賞しました。改めて、口を引き結んで、背中をこちらに、ただ立っているだけで絵になる俳優だなと思いました。そんな高倉健さんについて、受章を機に幾つかの紹介がありました。「他の人の邪魔になる」とまで言われる落ちこぼれであったこと。「辛抱ばい」との母の言葉を胸に努力を重ねたこと。飽食の時代にあっても、「飢えた人間の目」を持ち続けている俳優であること。こうした姿を目にすると、より貪欲に、当人の生き方から奪うべきものを奪わないと申し訳ないとの思いが湧きます。立派な方の受章が嬉しくてなりません。

同じく、受章者の国文学の中西進先生からも、元気の出る言葉をいただきました。「激励の意味でくださったのだと思います。決してゴールではない。まだ若いですから。」

84歳の方の言葉です。中西先生は、万葉集の研究をはじめとして、多くの分野に造詣の深い大学者ですが、事を成し遂げていく方は、この言のごとき若き思いで一日一日を過ごしておいでなのだと、これまた強く思いました。

10月の有難さに、改めて感謝です。

(平成25.10.31記)
山下 忍

学長折々の記(その73)

第一学年の保護者会も、予定通りに19日の土曜日に開催しました。

保護者の方々とクラス・コース主任の話し合いに重点を置きたいと願っていましたから、学長や学科長の話は、努めて切り詰めましたが、それでも語っておくべきこと、確認しあっておくべきことについては、それなりの時間をいただきました。

学長の話は、下記の「本学学生に願い続けていること」をもとに行いましたが、願った三つのことについては、しっかりと耳を傾けていただいたと思っています。

余りに欲ばり過ぎかなと自分に言い聞かせるのですが、私は、本学学生はまだまだ沢山の伸びしろを持っていると思うのです。その伸びしろを美しく彩っていくために、もっともっと勉強してほしいし、建学の精神が願っている世界も、もっともっとわがものにしていってほしい。

今日一日も、そうした願いを胸中一杯に抱きながら過ごしたことでした。

(平成25.10.19記)
山下 忍

「本学学生に願い続けていること」

学生たちを育てる上で、私達教職員にも夢があります。
その夢実現のために、是非とも達成したいことは以下の三つです。

その1

学生全員にもっともっと勉学させたい。
小・中・高と学校生活を送ってきたが、これまでで一番本気で勉強したのは、宮崎学園短期大学での日々であった。そう自信をもって言える状況を生み成したい。換言すれば、「講義も真剣に受けたし、実習等にも全力で取り組んだ。授業時以外も自分で課題を設定して自律的に勉学した。勿論本も読んだ。」そうした日常を誕生させたい。
───述べたことは、何も特別なことではないはずです。学生であってみれば、そうした状況であって当たり前のことです。学生として当たり前のことを、当たり前にやれる学生を育てたい。これが第1の願いです。

その2

入学後2年が経過したら、当然卒業証書を手にする。本学を巣立つ時には、就職を希望する者は就職先を、進学する者は進学先を決めている。是非そうありたいというのが第2の願いです。
高等教育まで受けさせてもらった者が、学校を終えた後に行き先が定まっていないなどということが許されていいはずがないと強く思っています。

その3

建学の精神「礼節・勤労」をよりしっかりと身につけさせたい。
学生たちの礼儀がしっかりしているという学外の評価は私たちの誇りです。
労を厭わない学生も本学には数多くいます。
この姿をより徹底し、誰からも、どこからもあたたかい目で見られる学生を育てたい。それが第3の願いです。


私は、この三つをやり抜くのは、本当は何もむずかしいことではないと思っています。
本気で、そうすると肝に銘ずるか否かの話です。
学生自身と、保護者と、そして教職員が、心を一つにして、願いの達成に向けて努力したいと思っています。

学長折々の記(その72)

10月12日の宮崎学園創立記念日には、下記の「歴史を重ねる喜び」をもとに学長講話を行いました。

学校創設の記念日という特別な日に、感動と感謝の念をもって「建学の精神」を語り、歴史の重みに浸り得るというのは何とも幸せなことです。

今後の歩みを、より確かなものにしていきたいと覚悟を新たにしています。

(平成25.10.12記)
山下 忍

「歴史を重ねる喜び」

平成25年10月12日の今日、学校法人宮崎学園は創立74年の記念日を迎えました。「礼節・勤労」という見事な建学の精神のもとで、宮崎学園が喜寿目前の74歳に至ったことを、宮崎学園短期大学としても心から喜びたいと思います。

本学が誕生したのは、宮崎学園創設から遅れること26年、それでも、設置以来、既に48年の歴史を刻みました。学校法人宮崎学園にせよ、宮崎学園短期大学にせよ、まさに重厚なる歴史を刻み続けているなと思っています。

ところで私は、記念日という節目の時には、自ずと一つの言葉を想起します。想起するのは『論語』の一節です。

「吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る。六十にして耳従い、七十にして心の欲するところに従いて矩を越えず。」

本学は、今や「知命」目前なんだと自覚する時、この『論語』の言葉は、格別な響きを伴って身に迫ってきます。

本学は、開学以来宮崎の地の幼児たちを懸命に守り育ててきました。県下の子どもたちは、その絶対多数が本学出身の保育士、幼稚園教諭によって守られ育てられてきたのです。また、小・中学校の教育現場でも、図書館でも、一般企業の世界においても、本学の出身者はかけがえのない役割を果たしてきました。

私は、本日みたいな記念の日には、そうした歩みを、誇りを胸に想起し、確かめたいと思っています。学校にあっても、今自分が位置する場に誇りが抱けるというのは、大きな幸せだと思っています。

私たちの学校は、正真正銘、将来長く存在し続けるに足る価値高き学校なのです。そのことを強く自覚し、よりすぐれた存在となるべく、お互いに努力を重ねたいと思います。

「礼節・勤労」に感謝です。

学長折々の記(その71)

本学の10月は、大きな行事の連続です。

ついたちは、本年度後半の出発日とあって、「後期オリエンテーション」を開催しました。午前中のうちに、「学長講話」、「事務局・学生支援部ガイダンス」、「学友会ガイダンス」、そして、「学科別教務ガイダンス」を行い、午後には、「学科別・学級コース別ガイダンス」を行いました。

事務局は、後期の学生生活上、きっちりと守るべきことを具体的に語りましたし、学生支援部は、まど・みちおの『朝がくると』の詩を紹介しながら、授業ルールを再度見つめるよう願ったりしました。学友会の「秋忍紹介」を含めて、いい姿でオリエンテーションを行い得たなと思っています。

12日には、学校法人宮崎学園の創立記念日を迎えます。宮崎学園が出発を見たのが1939(昭和14年)ですから、今や74年の歴史を築きあげました。当日は、学長も感慨を述べ、学友会会長も思いを語りますが、ともかく学園皆して、私たちが誇りとする建学の精神「礼節・勤労」を、その意義をはじめとして、しっかりと考えてみたいと思います。

また、この日から1週間後の土曜日には、6月初めに行った2年生保護者会と開催趣旨を等しくしながら、第1学年生の保護者会を行います。一部には、大学においてまで保護者会とは、という意見もありますが、私たちは、大学には大学ならではの開催意義があると思っています。出会された保護者が、一人の例外もなく、よくぞ開催してもらったと語っていただいていることが、開催意義の大きさを如実に示していると思っています。今回の保護者会でも、全力で学生の日々の状況を語り、本学が全力で行っている教育内容を語り、また、わが子に対する親の思いを、全力で聞き取って参りたいと思っています。

10月のおしまいのところの行事は、学友会主催の「秋の忍ヶ丘祭」です。本年度は、27日の土曜から28日の日曜まで2日にわたって行います。テーマは学友会の手で、「The Rise in Autumn 〜 激アツ秋忍丸〜」と名づけられました。2日間の中味は、敢えて申し上げません。来場してのお楽しみです。

ただ、2日目には、高い評価を得ている大道芸人珠人ヒロトさんの大道芸も披露されます。本物の大道芸を楽しむいい機会になるなと楽しみにしています。

(平成25.10.4記)
山下 忍

学長折々の記(その70)

9月の8日以来、私の胸中を占めている数字は「7」です。

8日は、勿論「20年東京五輪開催」が決定を見た日であり、「7」は、五輪開催までに残されている年数です。

今回の東京五輪の決定は、様々の思いを搔き立ててくれました。その一つは、決定を見るというのは容易なことではなかったのだという思いです。プレゼンテーションの状況を見つめていると、東京開催に直接的に関わってきた人々が、いかに心を一つにして力の限りを尽したかが痛いほどに分かりました。大きな夢を実現するには、その夢に倍する頑張りが必要なのだと痛感しました。二つ目は、7年後の東京五輪が、絶対的な成功を生み、世界の人々がかつてない感動を覚えるためには、7年の歳月は途中一刻も疎かにできない年月だなという思いです。国内外の人々が安心して東京にやってくるためには、福島がかかえる問題が、解決は無理としても、明らかに解決に向けて事が進んでいるということが実感されなければなりません。また、安全・安心をより確かなものにするための諸種の整備にも多大のエネルギーが必要となるはずです。

ただそうした厳しさを覚えながらも、私は、7年後の東京オリンピック・パラリンピックは、間違いなく大変な成功を生むに違いないと思っています。日本という国、日本の国民には、そうし得るだけの力があり、そうせずにはおかない誇りがあるからです。

「五輪」に関して、そんな思いを抱きながら、もっと身近かなところで「7」の数字を見つめ、考えています。

「7年」という歳月は、人間を鍛え、学校を変革する上で、本当は十分と言っていい年月ではないのか。折にふれて口にしていますが、私は本学学生の生き方を、その心のあたたかさ、豊かさにおいて高く評価していますし、本学に対しても、建学の精神「礼節・勤労」に徹しながら在り続けている姿に大きな誇りを抱いています。しかし、今現在の状況が、もうこれで十分といったものでないことも事実です。その不足するところを、東京五輪が開催される7年後までに変革し、鍛えあげたい。1年また1年と努力を重ねて、7年後の本学学生は、まさに心身共にたくましく、学校もまた、万全の姿で輝きを放っているという状況に至り着きたい。

今は日々、そうした実現可能な夢を追い求めながら過ごしています。

(平成25.9.19記)
山下 忍

学長折々の記(その69)

夏季休業中といえども、教職員は地域への貢献を含めて教育活動を継続していますし、学生もまた各種の実習等に精励してくれていますが、やはり学校というのは、キャンパス内に学生があふれているというのが最高の風景です。

9月2日の月曜からは、再び在学生全員の明るく元気な声を耳にし得ています。小、中、高校にしてもそうですが、休み明けに全員が揃って教場に顔を見せるというのは学校の大きな願いですし、そうした状況が現に在るというのは言いようのない幸せです。

この休み中の出来事で代表的なものを二つだけ記しておきますと、その一つは、平成25年3月卒業の人をはじめとして7名の卒業生が、宮崎県の教職採用試験の一次試験を無事突破したという出来事です。今現在県内の小中学校には、本学で学び、教職を志してその道に進んだ人が、300名を越える人数、教諭や教職管理者として教育に当たっていますが、初等教育科が、教育学部として宮崎国際大学に移行していく状況の中で、こうして幾人もの人が新たに教育の場にというのは、大きな喜びです。

今一つは、8月下旬、本学が行っている教育が京都大学で開催された学会においてさわやかに発表されたという出来事です。短期大学の教育の質を向上させる上で大きな役割を果たしているのは、「短期大学基準協会」と呼ばれる機関ですが、本学はその機関の要請を受けて、全国の短期大学を代表して短大の教育の内容・現状を発表しました。その発表は、教育の質向上に努めている4年制大学の方々にも大きな感銘を与えました。

私は、学生の頑張りにせよ、教職員の努力にせよ、鼻高々で吹聴しようとは思いませんが、本学の学生が大いなる努力家である事実には大きな誇りを抱いてしますし、本学の教育が全国の大学の参考になり、励みになっている事実についても、胸中、大きな誇りとしています。

 本年度も、この9月一杯で前期を終了し、10月からはいよいよ後期です。前期より後期は、より充実した姿でありたいと願いながら、お互いに努力を重ねていきたいと今もまた強く思っています。

(平成25.9.5記)
山下 忍

学長折々の記(その68)

日々の生活の中で、大きな楽しみにしているものが幾つかありますが、その一つは、週1回新聞紙面を飾る日野原重明先生の「あるがまゝ行く」に出会うことです。

99歳の頃に書き続けられた「あるがまゝ行く」も、毎回勇気をいただきながら精読し、100歳の頃の文章も1回1回が有難く、今また、101歳で毎週お書きなる「私の証」を、前日、前前日から楽しみにして過ごしています。そうであれば、日野原先生の「あるがまゝ行く」は、「わが愛読書」の第一と言ってよいのかもしれません。

7月20日の土曜日にご執筆の題名は、「八千代座を守り抜いた山鹿の人々」でした。101歳の日野原先生は、先日熊本県山鹿市で講演され、講演の翌朝には八千代座のすぐ近くの山鹿小学校で、児童対象の「いのちの授業」を行ったとあります。100歳を越えられた方が、東京の地から熊本県の山鹿市に出かけ、「私がなぜ平和運動に取り組んでいるかを」「これまでの人生と絡めながら」お話になる。 そして、一晩体を休めた翌朝には、山鹿市の子どもたちに、この地に息づく「目に見えない大切なもの」について「いのちの授業」を展開される。

週1回、紙面を通してこうした姿に接すると、全力で生きるとはどういうことか、悔い少なく生きるとはいかなることか、そうしたことを深く考えざるを得ません。

もともと体も強健とはほど遠かった方が、100歳を越えてなお生き生きと日々を過ごし、病と闘っている人々に生きる勇気を与え、将来を担う子どもたちに、いのちの大切さを伝えておいでになる。人間とは、そうした生き方も可能なのだ。

改めて、7月20日の文章を読み返していると、全文が凛として美しく輝いています。思えば、これほどの光を放つ方と、同時代を生きているというのは、これ以上は無いぜいたくだなと思ったりもしています。

(平成25.7.26記)
山下 忍

学長折々の記(その67)

26年度入学生の第1回インタビュー入試を7月の20日に実施しました。

本年のインタビュー入試は、今後8月10日に第2回、9月7日に第3回と実施します。ただ、合否の発表は、まだずっと先の11月1日ですが、本学への入学を希望する人々の思いをじっくりと確認したく、先ずは第1回を、この時期に実施しています。

本学のインタビュー入試では、最初に60分の持ち時間で「小論文」にアタック、次いで、「集団面接」と「個人面接」に応じてもらいますが、当日のこうした試験の前に、「エントリーシート」の提出が義務づけられています。シートへの記載内容は、一つは、「宮崎学園短期大学に入学したい理由」、一つは、「短大生活に対する抱負」、一つは、「自己アピール」、そして今一つは、「入学にあたっての不安」や「不明な点」への質問事項です。

私達受験生を迎える側は、この「エントリーシート」を精読するのが、大きな楽しみです。

今回も提出されたエントリーシートの全てを丹念に読みました。胸中に湧く思いは「喜び」であり、「感動」です。

保育科希望生のエントリーシートには、なぜ保育の仕事に関わりたいかが、正直に、かつ切々と記されています。現代ビジネス科希望のシートには、将来、是非とも司書として充実した人生を送りたい、あるいは、医療機関の業務に従事して、自分なりに地域社会に貢献したいと、これまた全力で記してくれています。

若者が、自分の将来の夢を、エントリーシートを通してしっかりと語っている。そうした姿を、この目で一枚また一枚と見つめ、確かめていけるというのは、受験に関わる者の大きな喜びです。

20日の受験日には、全ての受験生が随分と早くから受付にやってきてくれました。酷暑の季節など何のそのです。

試験を乗り越え、願いとする世界を元気に元気に、まさに志高く闊歩していってほしいと願っています

(平成25.7.22記)
山下 忍

学長折々の記(その66)

宮崎の地も連日の猛暑日です。宮崎の夏は暑くて当たり前と覚悟していても、ふっと、暑すぎるぞと口にしたくなります。それでも、くたばるわけにはいきません。

この猛暑の中、保育科2年生は、なおも実習に精を出しています。保育士、幼稚園教諭の資格・免許状を手にして、保育所でも、幼稚園でも、かつまた福祉施設でも、存分に仕事をし、力を発揮するとなると、学内における勉学と共に、関係機関の協力、指導のもと、各種の現場実習において己を鍛えることが不可欠です。今現在、保育科2年生は、あるグループは福祉施設に宿泊しての実習を、あるグループは通勤の姿での実習に汗を流しています。本学保育科生が、大きな力を身につけて実社会に飛び出していけるのは、この苦労、努力があるからです。学生と共に、感謝の念を抱きながら、雨ニモ負ケズ、暑サニモ負ケズで頑張っていきたいと思っています。

ところで、暑いといえば、七夕さまの7月7日に行った第1回のオープンキャンパスも、特別に暑い中での開催でした。だけど、高校生はさすがに元気です。当日は、願っていた以上の多数の若者が来学してくれました。そして、帰りに提出してもらったアンケートには、一人の例外もなく、このオープンキャンパスに参加してよかったと記してもらいました。嬉しさ一杯です。一人でも多く、また、少しでも深く本学を理解してもらえたらと願いながら、ミニ講座その他のもと、この催しを行っていますが、暑い中を来学し、見るべきものをしっかりと見て、よかったぞの言葉と共に帰っていただくというのは、まさに、万歳と叫びたい喜びです。

本学の在学生も頑張り、来学の高校生もまた頑張る。宮崎の若者たちが、みんなみんな明るく元気に頑張り抜く。それは、宮崎の地に生きる者全てにとってこの上ない幸せです。

(平成25.7.16記)
山下 忍

学長折々の記(その65)

還暦という区切りの齢は、平均寿命がどう変わろうと、一人一人の人生に特殊な思いを搔き立てるのかもしれません。

水無月も半ばの14日に、60歳を迎えた初等教育科第5回卒業のみなさんが、担任をしておいでだった大坪昭裕先生と一緒に多人数来学されました。

会議室で、短大の現況をお話した上で、2代目の新明教庵、40年前には無かった福祉専攻科棟、そして、図書館等々をご覧いただいたのですが、ご一緒して一刻を過ごしていると、卒業生の母校に寄せる思いが切々と伝わってきました。

明教庵の洋間では、丁度、礼節の授業が行われていて、許可を得て幾人かの方が後輩の授業風景を見つめておいででしたが、その目は、まことに美しい輝きを放っておいででした。卒業後の40年という歳月は、母校に足を踏み入れ、後輩の姿を目にしたとたんに吹っ飛んで、その身はすばやく20歳前後にとんぼ返りということになるのだろうと思います。

入学時には、既に今と同じ場所にあった本学象徴の銀杏樹には、緑の玉のぎんなんが鈴生りで、若々しく、溌剌とした60歳の皆さんは、そうした状況にも目を遣りながら、にこやかに過ごされましたが、帰りの車に乗り込む時に、一人の卒業生が口にされた言葉が、強く印象に残りました。

「先生て、すごいんですね。」
「どういうことですか。」
「同窓会の場で、とうに80歳を越しておいでの大坪先生が、私たちが忘れてしまっている40年前の思い出を次々と語られたんです。先生というのはすごいんですね。」 感嘆しきりという姿で語ってもらったそれらの言葉が、1週間近く経った今も、脳裡から消えません。

(平成25.6.18記)
山下 忍

学長折々の記(その64)

本学の所在地「忍ヶ丘」も、ここ数日は雲が低く垂れ籠めていたり、一日のうちの数時間は雨だったりの天気です。ただ、バス停から正門に至る「紫陽花ロード」は、こうした梅雨空のお陰で一層の輝きを放っています。

ある全国紙のコラムに、「季節は、結局はいかなる時も美しく、有難い」とありましたが、なるほどその通りだと感じ入ったりしています。

ところで、長く取り組んでいた改組転換にも一応の目処がつき、5月の末のところで、「現代ビジネス科」の平成26年度設置に係る届け出も、無事済ませることができました。一種の落ちつきを手にすることができた今、本学が有する各学科を、今後どのようにしてより存在価値の高いものにしていくか、この課題を全学一体となって考え、推進していかなければと思っています。

設置学科の中で一番長い歴史を有する保育科は、50年近くの間、この宮崎の地で保育士、幼稚園教諭の養成に当たり、正真正銘、地域社会への貢献を大きく果たしてきたと自負していますが、この学科を、より充実度濃き存在にするには、いかなる手だてが必要か。具体的には、例えば、本学がこれまでに広く発信し、指導的役割を果たしてきた音楽療法の分野を、この保育分野でどう生かしていくか。こうしたことを、組織的にも個人的にも考え続けなければならないと思っています。

また、県内外のビジネス界が、若く溌剌とした、しかも高等教育機関の場でその道の勉学を積んだ若者を必要としている以上、その要望にしっかりと応えるのも、第三者評価で重ねがさね「適格」の評価を得ている本学の責務だと思っています。

そうした課題や覚悟を抱きながら、本学は平成25年度の歩みを続けていますが、為すべきことが数多くあるがゆえに、私は、この頃一層、建学の精神「礼節・勤労」と、安井息軒先生の「三計とは何ぞや」を、折に触れて想起しています。

「礼節・勤労」、この2語4文字を胸中に強く抱いて教育に当たれば、あるべき道を踏みはずすことはないはずだとの思いと、「一日の計は朝に在り」の覚悟で事に当たれば、仕事に手抜きなど生まれようがない、そんな思いを濃くしているのです。

思えば、幸せな宮崎学園短期大学です。教育実践上の基本中の基本、教育を行う折の最も肝要な基本的姿勢、それを限りなく端的、直截に、「建学の精神」や「三計とは何ぞや」から教えていただいている。かつ、そうした宝物を、本学は同時に二つも持っている。深く感謝しながら日々の教育に当たらなければ、申し訳のないことだと思ったりもしています。

(平成25.6.6記)
山下 忍

学長折々の記(その63)

平成25年度の「春の忍ヶ丘祭」が、予定通りに4月の27日(土)に開催されました。計画を立て、実行に移したのは、「宮崎学園短期大学学友会」と「春の忍ヶ丘祭実行委員会」。用意されたプログラムの表紙もなかなかのもので、「春忍」のテーマの「団結(いつ団結するの、今でしょ)」の毛筆の文字も、バックを飾る桜の花も見事な出来でした。加えて、「目標」として掲げている3項目の中の一つ、「学生も教職員も一緒に楽しみながら、他人のために頑張れる、熱い春の忍ヶ丘祭にする」には、私も大きな共感を覚えました。

「学生と教職員が一緒に楽しむ」はもとより大事、実際そのような「春忍」となりました。また、若者の手になる「春忍」であってみれば、是非とも熱く燃えるものであってほしいし、この目標も、現実その通りとなりました。一番嬉しく有難かったのは、「他人のために頑張れる」という文言のあったこと。見ようによっては、何も取り立ててどうこう言うほどのことではないのかもしれません。しかし、私は、本学の学生を代表する学友会の役員諸君が、「他人のために頑張れる催しを行う」と明記してくれたのが、何とも嬉しくてなりません。

私は、今年度の入学式の式辞において、新入生をはじめとする全学生に、「大学生の名に恥じない勉学をしてほしい」と語りました。勿論これは、教職員全員の願いです。同時に、宮崎学園短期大学の教職員は、建学の精神「礼節と勤労」のもとで学ぶ学生たちが、他人を思い、地域社会を思い、日本の今と将来を思う心やさしき人間であってほしいと強く願っています。そうした本学の根幹的願いを汲み取って、「春忍」も、「他人のために頑張れる」ものにすると誓ってくれる姿に、私は大きな感動を覚えるのです。

4月24日は雨模様のぐずついた天気、だけど、開催日の前々日も前日も、文句なしの上天気、そして、27日の当日は、澄み切った空気のもと、緑あふれる運動場で、学友会最初の大行事が開催され、無事終了しました。

学生と教職員が、明るく元気に、かつ、一体となって新たな年度を過ごしていく、その幸せな出発式になったなと思っています。

(平成25.4.29記)
山下 忍

学長折々の記(その62)

今年度も4月15日付で、下記のような「平成25年度春の忍ヶ丘祭について」という案内が届きました。

この頃では多くの方々に承知していただいているのですが、本学には春と秋のそれぞれに「忍ヶ丘祭」と呼ばれる催しがあります。春の忍ヶ丘祭は略して「春忍」、秋のそれは「秋忍」と呼ばれていて、この略称もすっかり馴染みのものとなりました。

私は、平生から、学校という場にも数多くの誇りと幾多の感動が必要だと口にもし、記してもいますが、本学の大きな誇りの一つは、学友会執行部の努力です。

宮崎学園短期大学の学友会執行部は、昨年度は活動のテーマを「革命」と名づけ、現在の宮崎学園短大のよさに、今一つ更なる素晴らしさを誕生させようとして、「春忍」も頑張り、「秋忍」も頑張り、学校への要望をまとめる「全学アンケート」でも大きな努力を払い、卒業式後の「謝恩会」もまた、感動的な姿でこれを開催しました。「学長賞選考委員会」は、その頑張りを称え、平成24年度の「学長賞」授与を決定しました。

新たに活動を始めた現学友会執行部の姿はどうか。新入生並びに第2学年生の前期オリエンテーション時の「学友会ガイダンス」も、清潔感一杯のさわやかなものでした。新たに掲げた年間の活動テーマは「上昇」、春忍のテーマは「団結」。新執行部も、必ずや大きな成果を挙げてくれると期待しています。


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平成25年4月15日
教職員の皆様

宮崎学園短期大学学友会執行部一同

平成25年度春の忍ヶ丘祭について

 忍ヶ丘の草花も春の便りを伝え、新たな一年に胸躍らせる季節となりました。
 さて、今年も宮崎学園短期大学の学友会が主催する「春の忍ヶ丘祭(歓迎会)」を下記の通り開催することとなりました。今年は全クラス全員が笑顔で元気よく取り組める「春の忍ヶ丘祭」を目指しています。
 今年のスローガンは「団結〜いつ団結するの?今でしょう?!〜」です。このテーマのもと、春の革命を念頭に今までにない新しい忍ヶ丘祭になるよう、実行委員一同、精一杯準備を進めております。
 全学生、そして教職員の皆様、全ての人が交流を深め、それぞれがこの宮崎学園短期大学に誇りを持ち、改めて素晴らしい大学であると思えるきっかけにすることができたら幸いです。
 つきましては、教職員の皆様方にも学生と共に交流を楽しんでいただきたく、ご案内申し上げます。
 また、例年通りダンスの開催を致します。それに伴い、昼休みや放課後各教室で練習する学生が多くなると予想されます。学生には、使用後の移動した机の片付け等の徹底を伝えますが、出来ていないクラスに関しましては次の日のダンスの練習場所の貸し出しを禁止致しますので、遠慮なく学友会執行部にお伝え下さい。ご迷惑お掛けし申し訳ございませんが、よろしくお願い致します。

1.日 時    平成25年4月27日(土)
(雨天時は4月28日(日)に順延)
 9:00〜12:30

2.場 所    宮崎学園短期大学グランド

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(平成25.4.16記)
山下 忍

学長折々の記(その61)

12日の金曜日は、緊急の仕事に目処をつけておいて、いくらかゆったりと学内の状況を見て回ることができました。

本学が、建学の精神「礼節」の教場としている「明教庵」は、春夏秋冬の何れを問わず心安まる場所ですが、特にこの季節は、秋の夕暮れ時と同様、よくぞここに明教庵在りという思いを抱かせてくれます。建物を取り囲む数本の大楠は、楠若葉の美しい緑を降りそそいでいますし、サツキの花々の彩りも見事です。

学内巡回となると、どうしてもまずはこの場所に足が向きます。窓外のはるか遠くにはおだやかな山なみ、時にほととぎすをはじめとする小鳥たちのさえずりありという環境で授業に臨んでいる学生たちの姿は幸せそのもので、それを目にする私たちもまた、大きな幸せを覚えます。

都合のついた時間のままに、学生寮にも出かけ、最後は、建学の精神「勤労」の実習の場である畑に足を延ばしてみました。実習畑は、今、一面のソラマメです。
大きく育ったサヤをそっとつまんでみると、中にはもうしっかりとした幾つもの実が。
間もなく、学生たちも口にし、教職員も口にできる、そして、学外の人々も大喜びするソラマメ万歳の時がやってきます。

学校も、都会の学校には都会ならではの味わいがあり、地方の学校には、地方ならではの味があります。私は、あふれる緑と小鳥のさえずりに包まれた本学的学校が大好きです。

全学科と全専攻科の授業が始まった今、学校は活気と静謐が同居中です。この大学ならではの雰囲気を大切にしながら、新たな年度の一日一日を過ごして参ります。

(平成25.4.14記)
山下 忍

学長折々の記(その60)

2月逃げ月と言いますが、学校においては、年度最終月の3月も、そして、年度初めの月も、あっという間に一日一日が過ぎていきます。

本学も、今年度新たに常勤、非常勤としてお迎えした方々の「新任者研修会」を4月の3日に行い、翌日4日には、予定通りに「2年生オリエンテーション」を開催、その後7日の日曜には、20人近くの来賓の方々のご臨席を得て、無事入学式を挙行、そして、8日、9日の2日間は、これも予定通りの日程にて「新入生オリエンテーション」を実施しました。ただ、このあわただしさの中にあっても、25年度のここ数日は、例年以上の喜び、充実感を味わいながら過ごしています。

今年度の入学生は、学科、専攻科合わせて375名、昨年度の入学生より60数名多い状況でした。4大志向とか、少子化の加速とか言われる中で、入学者の増加をみるというのは、本当に、言いようのない喜びです。本学の入学式は4月7日と定めていて、今回は日曜日の挙行となりましが、びっくりするほどにご家族の方々の列席も多く、緊張の中にも、わが娘、わが息子の入学が嬉しくてならないというご両親等の表情を拝見すると、この地に、この学校が存在してよかったと、しみじみとした思いに駆られます。

入学式の式辞では、私達の先哲安井息軒先生の息づかいをわが身に感じながら、全力で勉学しようということと、本学が誇る建学の精神「礼節・勤労」を限りなく大切にしながら、学業の一日一日を重ねていこうと語りかけましたが、新入生は、在学生共々よく耳を傾けてくれました。真剣に語ることを、それ以上の真剣さで受け止めてくれるというのは、まさに教職員冥利の最たるものです。新入生オリエンテーション時は、特に、加藤周一の『羊の歌』を紹介して、わが身を鞭打つ書物として是非精読してほしいと語りました。それら幾つかの学校側の願いを、学生達は必ずや真摯に受け止めてくれると信じています。

今、本学のキャンパスは、まさに万緑の中にあります。玄関前の銀杏樹も、明教庵の大楠も、キラキラと最高の輝きを放っています。この清純さ、この美しさを、本学の誇り、本学のあるべき姿としながら、新たな年度を歩いて参ります。旧年度同様のご支援を、どうぞよろしくお願い致します。

(平成25.4.9記)
山下 忍

学長折々の記(その59)

年度が変わる前に、今一つ記しておきたいことが生じてペンを執りました。

昨日3月30日土曜日には、宮崎学園短期大学の「こども音楽教育センター」が主催する「2012スプリングコンサート」が開催されました。

「こども音楽教育センター」は、主として障がいのある子供たちに、音楽療法を通して生きる力を養っていくことを目的に設立されたものですが、2012年の今現在、80名の子供たちが所属して活動しています。昨日は、そうした子供たちの7割がスプリングコンサートの場で演奏を行ってくれました。

ドラム、キーボード、マリンバ、ピアノ、ティンパニー等々、そして、ヴォーカルと、様々な楽器を駆使しての演奏でしたが、14時に始まって17時の終了まで、ずっと感動の連続でした。

身体に障がいのある子供たちが、大きな演奏ホールにおいて、身につけた力を存分に発揮すべく全力で頑張る。そして、子供たちのその力の発揮が、より十分なものになるように指導に当たっている全ての者が、これまた全力で支え続ける。そしてそれを、ボランティア活動を自分から買って出た学生達が、これもまた、全力で活動し、支える。そうした姿の何と美しく、見事であったことか。

感動に包まれながら、つくづくと思ったのは、障がいのある子供たちを、本当に育て、支えていくには、並大抵の努力では駄目なんだということ。子供たちの今と将来を本気で考えるなら、使命感と呼んでよい熱意が不可欠だということ。そして、今、眼前に、その美しく燃える姿が展開されているのだということ。

コンサートは、出演者全員による「世界中のこどもたち」の合唱で始まり、「世界がひとつになるまで」の全員合唱で終了しました。

心の洗われる午後の半日でした。24年度の「学長折々の記」を、こうした文章で閉じることができるのも、また幸せの一つです。

(平成25.3.31記)
山下 忍

学長折々の記(その58)

平成24年度も、3月27日の今日が過ぎると、日曜を含めての残り4日となります。

正月以降に限っても、各種の実習や入試を実施し、公開講座のニューライフ・アカデミー、春のオープンキャンパス、2日間にわたる全学研修会、そして、卒業演奏会と、予定の行事をやり終えてきました。お陰で、対外的行事も、後は30日の「子ども音楽教育センタースプリングコンサート」の開催のみとなります。

振り返ると、この年度も絶え間なく事を行ってきたなという思いが、一種の感慨を伴って湧いてきます。同時に、本年度もまた、本学に係る多くの方々に、何と多くの助力や協力をいただいたことかと、感謝の思いが湧き出てきます。

幾種類もの実習実施については、保育所、幼稚園、小中学校、そして各施設と、まことに数多くの方々に協力、ご指導をいただきました。後輩たちのためとはいえ、いただいたご苦労の多さに、改めて感謝の思いが一杯です。

また、公開講座やオープンキャンパスにしても、参加者があっての行事であり、これまた本学に心を寄せていただいた行為に対して深くお礼を申し上げます。

こうして、思いを記していくと、何と多くのあたたかさをいただきながらの本学かと思います。既に報告申し上げたように、本学は、無事2巡目の第三者評価を受け、評価機関から、高等教育を行うに十分「適格」との認定を得ました。また、平成26年度以降をいかなる姿で教育を推進していくか、その道筋をも明らかにすることができました。そうした状況を生み出す上で、本学教職員も、当然のこと、多大の努力を払いましたが、これらの成果についても、思えば、学外の多くの方々の支えや激励があってのことと思います。そうした幸せに、改めて、重ねて感謝を申し上げます。

新年度を迎えると、4月の3日が新任者研修会、4日には2年生のオリエンテーションを行って、翌5日から前期の授業開始、7日日曜には入学式を挙行し、翌日8日に新入生オリエンテーション、10日からは、1・2年生、専攻科生揃っての授業となります。

新たな年度は、24年度以上に、学生もよく勉学し、教職員もまた、教育力向上に全力を尽す、そうした年度にしたいと、願い覚悟しています。

一層のご指導、ご協力をよろしくお願い申し上げます。

(平成25.3.27記)
山下 忍

学長折々の記(その57)

「2013忍ヶ丘(Vol.5)」の誕生を喜ぶ

しのぶ会事務局と本学編集員の手になる平成24年度の『忍ヶ丘』が発刊されました。
私は、本学が発行する冊子や印刷物の全てが、誇りの持てる、価値高きものでありたいと願っていますが、今回の『忍ヶ丘』には、ページをめくりながら、心の高鳴りを覚えます。
何よりも冊子全体を包み込んでいる明るさと活気に驚きます。

「特集―フェスティバル」、そして、「特集―オープンキャンパス」、幾葉ものカラー写真に彩られた活動の姿を、冊子によって改めて見つめていると、こうした姿を生み出し得ている本学の日々の状況に、大きな誇りが湧いてきます。
各学科の動きを紹介する2年生や1年生の文章も、まことに生き生きとしており、その根底を貫く一種の覚悟に、教職員としては自ずと感謝の念が湧き出てきます。

42頁に掲載されている宮﨑賢二先生の「吾輩も卒業!」も愉快です。読みながら、「吾輩」もかくのごとく「卒業」したいと、あこがれに似た思いが湧いてきます。編集委員のみなさんは、表紙の『忍ヶ丘』の題字を、今回は宮﨑先生に揮毫していただいていますが、私は、そこにまた、本学のやさしさ、限りのないあたたかさを感じます。

題字の下にある黄金の銀杏樹、『忍ヶ丘』を銀杏樹の輝きに負けない内容濃きものにしようと、全力で己れの担当箇所を執筆した学生や教職員、私は、この宮崎学園短期大学に身を置くことがまことに嬉しい

『忍ヶ丘』編集のみなさんお疲れさま、そして、感謝です。

(平成25.3.16記)
山下 忍

学長折々の記(その56)

3月3日雛祭りの日は、神武の里と呼ばれている宮崎県・高原町に出かけました。

日曜日のこの日の高原は、お昼までは「食育フェア」、午後の1時からは「生涯学習振興大会」と、行事一色の一日でした。生涯学習大会の後半のところに特別講演が組まれていて、それを担当するようにとのお誘いで出かけたのですが、いい勉強のできた一日でした。

北諸地方の一角にある高原町は、ここ数年まことに厳しい状況下に置かれてきました。畜産の地域ですから、吹き荒れた口蹄疫が大きな傷跡を残したことは間違いありませんし、霧島連山のすぐ麓にある町ですから、新燃岳の噴火の折は、これまた大変だったろうと思います。食育フェアの中で語りあえたお一人の方からは、当時は降灰が10センチ以上あったという話もお聞きしました。加えて、お邪魔した日の2日前の3月1日は、創立以来60年の歴史を刻んできた県立高原高校が、止むなく最後の卒業式を迎えた日でした。

あれこれを考えあわせると、淋しさの漂う中での講演になるかななどとも思ったのでしたが、全く心配無用の町の雰囲気でした。高原町のいわゆる町民歌の1番は、「笑顔明るいこの町は愛と平和を招く町/あーあ霧島の山裾に今日も希望の花ひらく/高原高原我が故郷よ」となっていますが、町の人々は、まさにこの歌詞のごとく、笑顔一杯、希望一杯の地域たるべく努力を重ねておいででした。何より感動を覚えたのは、大会の開会式の場で、高原町長にして高原町生涯学習推進会議会長の日高光浩氏が、誰よりも大きく口を開け、また、遠くにまで声の達する姿で国歌を歌い、町民歌を歌っておいでの姿でした。だから、町が元気なんだ!そうした思いを強く抱くことができました。
「夢一杯力いっぱい」という演題で話をさせていただきましたが、いい町に迎えていただいたなと、今も感謝の思いが一杯です。

(平成25.3.7記)
山下 忍

学長折々の記(その55)

昨日は、本学が大切にしている催しの二つが、無事終了した一日でした。二つのうちの一つは、前日から始まった「修了研究発表会」、今一つは、2月の6日に開講した公開講座の終了でした。

2日間にわたって行われた本学福祉専攻生の研究発表会は、回を重ねて、今回は遂に第15回となるものでした。例年、発表の一部なりとこの目で見、この耳で聞きたいと願って福祉専攻棟に出かけるのですが、本年度の発表もまた、大きな感慨の湧き出るものでした。保育科での学修を終え、幼稚園教諭の免許状と共に、保育士資格を取得し、その上で専攻科での勉学をなお1年行った者達の研究には、ずっしりとした重みがあります。発表者一人ひとりは、施設の場で自分が共に過ごした70代、あるいは80代の、今や介護を必要とする人が、日々何を求め、自分として何を為し得たか、そして、その体験を生かしながら、自分は今後いかなる姿で、心身の不自由となった人々と過ごしていこうと考えているか。そうしたことを真剣に発表してくれました。発表に耳を傾けていると、ようこそ福祉専攻で学んでくれたなとか、ああ、今年もまた、数多くの、高齢者の身を心から案ずるその道の専門家が誕生してくれたなと、深く、かつ、有難い感動を覚えます。

今一つの「公開講座」の終了も、今年度も講座を開設してよかったと思えるものでした。何よりも参加者の熱意に心打たれる毎回の講座でした。本年度の講師も、それぞれの専門分野を生かして、第1回では日本の古典の味わいを語り、第2回では、人権を重んずるとはいかなることかを語り、第3回においては、無言の「石」に生命を吹き込む美しい技法を伝え、そして、昨日の本年度最後の講座では、歌うとはどういうことか、現に歌をうたい歌を耳にすると、いかなる境地に身を置くことになるのか、そうしたことごとを実演によって示してもらいました。心に潤いの染みわたる最終回でした。

閉講式で、私は、本学の公開講座「ニューライフ・アカデミー」も、本学の誇りだと語りました。

平成24年度も、あとひと月を残すのみとなりました。学生達の学習上、研究上の頑張り、市民と心を一つにしての公開講座、それら一つ一つを大切にしながら、本学も覚悟を新たにし、平成25年度を迎えようと思っています。

(平成25.2.28記)
山下 忍

学長折々の記(その54)

本学が長年にわたって行っている公開講座「ニューライフ・アカデミー」を、この平成24年度も2月の6日に開催しました。受講者は80歳から51歳までの方々。開講式に当たって、学長も講話を担当させていただきましたが、こちらに向けられた目の輝きに、本年度もまた、大きな幸せを覚えました。

この24年度は、学校の組織力、教育力の充実等を願っての大きな改組転換、あるいはまた、第2巡目の第三者評価と、本学の総力をあげての実践が重なりましたが、公開講座は公開講座で途切れることなく開催したいと願いました。各教授の積極的な参加を得て、予定通りに行うに至ったことを、改めて嬉しく思っています。

第1回の講座は、受講者と本学講師陣等が一体となっての「早春賦」の合唱から始まりましたが、本学独特のこのスタイルで、講座内容の清少納言の世界は、一層の味わいを生むことができたと思ったりもしています。

大学という教育機関においては、こうした講座の公開もまた、大きな務めの一つだと思っています。当日行った拡大教授会の場で、全教員に第1回講座の状況を語った上で、本学が生んだこのニューライフ・アカデミーは、将来共にしっかりとやり抜いていきたいと語りました。その言葉通りに事を運んでいきたいと覚悟しています。  高齢に至ろうと心身共に健康を保ち、人生の充実度をより高めんとして、この種の講座にも参加する、― そうした生き方を、将来長き本学学生達の目にもしっかりと映しておきたい、そんな欲張った願いをも抱いています。

(平成25.2.11記)
山下 忍

学長折々の記(その53)

私の執務する部屋には、数種類の宝物があります。

その代表格が、本学合唱団が獲得してきた数々の記念の楯です。九州代表として全日本合唱コンクール全国大会に出場し、見事手にした金賞の楯が7つ。惜しくも銀賞となった楯が3つ。

仕事に一区切りがついて、ふとこの楯の群れに目が行くと、瞬時ではあっても、決まって合唱団の頑張りを想起します。

短期大学は、その学ぶべき科目内容、全力を尽すべき各種実習、あるいはまた、取得すべき免許・資格等々から、私は、2年間の在学期間で、実質3年分の勉学をしなければならないと考えていますが、現に学生達の日々の過ごしようを見つめていると、願い以上の努力を払ってくれていると思っています。

その分、短期大学で、プラス・アルファの部活動を充実させるというのは、正直なところ容易ではありません。ただ、本学の合唱団は、様々な制約のもとでも、心を一つにして、楽しく、かつ、厳しく部活動を行ってきました。私は、時に都合をつけて大会前の練習の場に出かけていますが、練習時の雰囲気は、気楽な恰好での見学をとうてい許さないものでした。短時間で最大の効果を生まんとする練習であってみれば、限りなく厳しい一刻となるのは当然のことかもしれません。

そうした歴史と実績を有する合唱団が、昨日は多人数で学長室に姿を見せてくれました。折々の記の「その52」で、吹奏楽部の活躍ぶりを記したばかりですが、合唱団の諸君もその後とも努力を重ねており、一昨日の日曜日には、自分たちで「宮崎県ボーカルアンサンブルコンテスト」への出場を決め、無事頑張り抜いたとのこと。

二度あることは三度と言いますが、嬉しいことも二度三度と重なってくれるようで、二ケタの団員達が、これまた笑顔一杯で、手にした賞状と共に金賞受賞の状況を語ってくれると、こちらの心もまた喜びで満杯になります。顧問の先生は、今回の頑張りぶりからすると、全国大会での金賞に匹敵すると、ニコニコ顔で努力を称えておいででした。

合唱団のみなさん、おめでとう!学校が、前へ前へと闊歩していく元気の素の供給を、今後ともどうぞよろしく。

(平成25.1.29記)
山下 忍

学長折々の記(その52)

学校というフィールドには、何かにつけて喜びが舞い降りてくれます。

先日は、廊下の向うからニコニコして数名の学生がやってくるので、「何か愉快なことがあったみたいだね。」と声をかけると、「先生、成人式を迎えるのです。嬉しいです。」と、明るくはずんだ言葉が返ってきました。学生達がその場を去った後、こうして喜び一杯で成人の日を迎える幸せを、まるで、当人達の親になったような思いで反芻し、味わったことでした。

そして、昨日もまた。

3名の音楽科生と、音楽療法専攻の学生、あわせて4名の者が学長室を訪れてくれました。第38回宮崎県アンサンブルコンテストにおける金管五重奏での銀賞受賞と、都城市のムジカホールで行われた第5回JBAソロコンテストで、4人共にチューバやフルートで金賞を獲得したことの報告でした。

吹奏楽の諸君は、例えば、オープンキャンパスでも、高校生歓迎の演奏を披露してくれたり、学内で開催されるミニコンサートに積極的に出場して、学生や教職員、時に、来学中の人々の心を豊かにしてくれたりと、何かと活躍してくれますが、満面の笑みのもと、嬉しいニュースを持参してくれると、学長室だけでなく、学校全体がぽっと明るくなります。

学校という場所は、いかなる所よりも元気で明るくあってほしいと願っていますから、新たな年を迎えてのこうした姿は、また格別の喜びです。

(平成25.1.18記)
山下 忍

学長折々の記(その51)

新年を迎えた今、最終学年の学科学生が、学生という名で呼ばれるのはあと70日です。

本学は、本年度も3月の19日に学位授与式、即ち卒業式を行います。こうした状況に至ると、第2学年生よ、残り学生の日々の一日一日を是非是非大事にしてほしいという思いが募ります。

学生には学生なりの忙しさがありますが、いかにバタバタした日々であろうと、学生時代ほど時間がゆるやかに流れる期間はありません。勉学に打ち込むにせよ、読書をするにせよ、一番時間をわが意のままに出来るのは、学生という時代です。私たちの先哲安井息軒先生は、「一年の計は春に在り」と語りましたが、今後、己の足でどこをどう歩いていくかを、よくよく考え、見据えながら、まずは残された学生時代をしっかりと過ごしてほしい。

願うのは、どうか志高く生きてほしいということです。元日以来、今年も、今の時代を全力で生き、大きな結果を生み成している人物の紹介がありましたが、どの人にも共通するのは、楽をして今に至ったのではない、成果の裏手には感嘆してやまないほどの努力ありということです。

本学で学んできた人達も、努力を継続する人々であってほしい。私は、司馬文学に接して以来、「雲の上」という言葉が大好きです。また、明治維新期の「志」に強く引かれる思いがあります。人は、その心や身体の状況、あるいは、置かれている条件下において、それぞれに生きていけばよいと思っていますが、ただ、たった一度っきりの人生を生き抜く以上は、雲の上を凝視し、志高く生きる生きざまでありたいと思っています。

私事を記して恐縮ですが、私は、幼少期、親が宮崎のことばを使って、「泣くよりひっ跳べ」と諭してくれたことを、今も忘れることができません。生き方を支えるものの一つであったかなと、この頃特に思います。「悔やむくらいなら、何クソッとやれる限りのことをやってみたらよい」、宮崎のこの俗諺は、メソメソした生き方を叱責し、志高く生きることを求めた、いわば東北的な匂いを持つ言葉だなと思ったりもしています。

ともかく、冬季休業を終えて、授業再開に至った今、学生のみんな、特に卒業目前の学生達に願うのは、「悔い少なくあれ!」ということです。式典の場に臨んだ者達が、みな笑顔で、その両眼が例外なくキラキラと輝いていることを願っています。

(平成25.1.8記)
山下 忍

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